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東京地方裁判所 昭和31年(ヨ)7253号 決定

申請人 香田一栄

被申請人 大華工具株式会社

主文

被申請人は申請人に対し金三万円および昭和三二年一二月以降毎月末日限り金一万円あての支払をせよ。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

第一申請の趣旨

申請人は、

「被申請人は、申請人に対し昭和三一年一二月四日以降一ケ月金一三、五七七円の割合による金員を毎月二五日支払え。」との仮処分命令を求めた。

第二当事者間争ない事実

申請人が昭和二七年一一月一一日被申請人(以下、会社という。)に期間の定めなく雇用され、当初鍛造見習、約一年後から研磨工として勤務していたところ、昭和三一年一二月三日会社から経歴の詐称を理由として懲戒解雇の通告を受けたことは当時者間争ない。

第三申請人の組合活動とこれに対する会社側の認識

疎明によれば、申請人は昭和二八年九月会社従業員約九〇人で組織する大華工具労働組合の執行委員、組織部長となり、爾来解雇に至るまで右の地位にいたが、その間の越年資金又は夏季手当などの要求に際し交渉委員となり、会社との交渉に当る等対会社関係において活発な組合活動をした外、組合執行委員会においても指導的立場にあつたものと認められる。

この申請人の組合活動に対し、会社は、

(一)  申請人が右組合執行委員になつた昭和二八年九月頃までは会社においては、労使間に紛争がなく、また会社には昭和二五年七月まで労使一体の親交会があつた関係もあり、経営も円満に進み、従業員も労働運動に慣熟していなかつた。

ところが、申請人が組合の組織部長になつた頃からのちは、組合員は一切の指示を申請人に仰ぐようになり、申請人は実質的に組合をすべて指揮し、いわゆる申請人の組合の如き観を呈した、

(二)  申請人が会社の経営に終始反撥的、非協力的であつたため、組合が会社に反撥して来たものである、

(三)  申請人はいわゆる「左翼の人間」であつて、従前会社の若い従業員が工場長等の職制等とも朗らかに話し合つていたのに、申請人入社後しばらくして様子が変つて来たのは、申請人が若い従業員に「左翼思想」を吹きこんだからであつて、結局申請人は、他の従業員をあおつて、協調的な組合活動を行わせないようにしている。

と考えていたことは、弁論の全趣旨および疎明によつて認められる。

第四本件懲戒解雇の経緯

昭和三一年一〇月頃大田地区の経営者が月一回集合して情報を交換し合う会合の席上、会社側の者が「うちに香田(申請人)という者がいて困つている。」と話したところ、他社の者から申請人の経歴を知らされ、その結果会社において調査したところ、申請人が(イ)昭和一七年三月徴用工として日本金属工業株式会社川崎工場に配属されたこと、(ロ)昭和二〇年六月入営したこと、(ハ)昭和二二年九月一日右会社に再入社したこと、(ニ)昭和二五年一〇月三日右会社をいわゆるレッド・パージで解雇されたのに、会社に入社した際提出した履歴書に右(イ)(ハ)(ニ)を記載せず、(ロ)の入営日時を昭和一九年六月と記載したこと(以上の履歴書の記載が真実と相違することは当時者間争ない。)を知り、まず同年一〇月中旬申請人に退職を勧告したが拒否された。

そこで会社は申請人を解雇しようとしたが、当時までの就業規則では、経歴の詐称を懲戒の事由としておらず、かつ、懲戒は懲戒委員会に諮つて決定することとなつていたし、また就業規則で定める通常解雇の事由にも適当なものがないと考えたので、昭和三一年一〇月二三日組合に対しかねて昭和三〇年五月頃改訂申入をしたままになつていた就業規則改訂案をそのまま実施する旨の申入をし、昭和三一年一一月一日新就業規則を施行した。

以上の事実が疎明によつて認められる。

右新就業規則によれば、「重要な経歴をいつわり、その他詐術を用いて採用されたことが判明したときは懲戒解雇に処する。ただし情状により譴責、減給にとどめることがある。」とし、懲戒委員会の諮問の制度を廃止したことが認められる。

そこで会社は同年一二月三日右新就業規則により申請人を懲戒解雇にしたことは当時者間争なく、なお疎明によれば、会社は解雇の翌日申請人に対し工場内への立入を禁止し、かつ、組合事務所へ行くについて、会社の許可を要する旨の通告をしたことが認められる。

第五不当労働行為の成立

以上認定の諸事情および疎明によつて認められるように、(イ)申請人は入社後四年も経過し、その間の勤務成績も良好であつて、一時は会社も申請人を模範的工員として賞讃したこともあつたこと、(ロ)会社は、被解雇者は前記組合の規約により組合員たる資格を失うものと考えていたことなどを総合して見ると、会社は申請人の組合活動を嫌い、これを排除するための手段として申請人の経歴詐称を利用したものであつて、その解雇の真の理由は、会社の考えた前記申請人の組合活動にあると認めるのが相当である。

第六賃金請求権

従つて申請人に対する解雇は、不当労働行為として無効であるから、会社は故なく申請人に対し労務の受領を拒否したことに帰し、申請人は会社に対し賃金請求権を失わないものというべきである。

そして、申請人が解雇前六ケ月間に受けた賃金の一ケ月平均が金一三、五七七円となることは会社の争わざるところであるから、申請人は解雇の日以降会社に対し一ケ月につき右程度の賃金請求権を有しているものと認むべきものである。

第七仮処分の必要性

申請人は、妻との二人暮しであるが、解雇後は短期のいわゆるアルバイトによる収入や友人などの援助により辛じて生活をしており、このまま推移すれば申請人の生活は危殆に瀕するものと認められるので、当裁判所は、主文第一項記載の限度において賃金支払の仮処分をなすべき必要があるものと認め、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 大塚正夫 花田政道)

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